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2008年05月29日
C5
まったく、ガリーってやつは、わざわざいたずら書きしてあるからって、こいつを求めたらしい。
しかし笑える。
リーダー『“東京砂漠”演りたい!』ってしきりに言うんだが、C5のヒット曲の中でも難しいぞ。
歌い出しが意外に難しい。
サビは万人が知ってるだけに失敗は許されない(笑)
2008年05月28日
WhoKnew
大方の人間は気分屋である。
僕は「あのときこう言ったよね?」とはなるべく言わないようにしている。
また人間は日々変わっていくとも思う。
逆を言えば僕だけが変わらないということもないわけだ。
事実、あんなに好きだったマグロを、今はほとんど食べない。
そしてまた、人は都合の悪いこと、自分が不安に思うことだけを取り上げてくる。
安心させる言葉を1000も言わないと、不安ひとつかき消せないようだ。
なぜなんだろうか?
言葉ってヤツはとっても不完全なものなのにな。
安心させようとした言葉がさらに不安をかき立てる、そんなことはしょっちゅうだ。
不安のスパイラルはさらに深みへ...
疲れた。
腐乳
「女」と書いて「男」と読ませるような、PINKはそんな芯を感じさせてくれる。
理解されたい!っていう渇望は僕のテーマでは無いと思うが、それでも自分の一側面だけでも、本当に理解してくれるやつってのは、日常の中では少なすぎるんだと思う。
まぁ、キザな言い方だな、とは思う。
“Who Knew" PINK(2006)
2008年05月27日
SHE
シー
グラハムパーカーと同じ頃に現れたEコステロ。
デビュー当時生まれてもいなかっただろうAやんから、来日時のライブの感動報告を受けたのも記憶に新しい。
最近のパーカーは何をしているのかわからんが、コステロは年を重ねてスタイルも変化させて、たびたびボーットしている僕の耳にも噂は入ってくる。
まったく、音楽性の広さは周知のことだが、うまい年の取り方をしてると思う。
ちょっと太めにはなった(笑)
もう古くなってしまったが、ご存知「ノッティングヒルの恋人の」テーマソング“シー”
なんか曲だけ聴くと「SEA」とも掛けているような気分の曲。
どこか記憶の中のメロディを思い出せてくれるような美メロナンバーは、スタンダードな貫禄が充分なんである。
有名な80s“ヴェロニカ”の10年後って感じでも感慨深い。
スタンダードアルバムもなかなかに良かったのだ。
2008年05月26日
HEAT TREATMENT
Heat Treatment, 1976
高校3年生の冬、戸堀からもらった1本のテープ。
雪かきしながらウォークマンでひたすら聴いてたなぁ。
コレクションの中でも途切れずに、ずいぶん長い付き合いになるアルバムだ。
今も大事なマイベストアルバムってやつは、いっぱいある。
だけど、例えLP一枚10曲だとしても、捨て曲無しで今も付き合い続けているアルバムとなると、2,30枚程度がやっとだ。
このあいだ、ボーナストラックも追加したCDが出て、これまた戸堀に聴かせてもらった。
ボーナストラックも良かったが、少し色合いの違いを感じる。
今のアルバムのコンセプトなんて、そうそうトータリティを感じるものなんてない、っていうか、CD1枚に多いときh20曲も入れるわけだから大変だよなぁ。
「HEAT TREATMENT」はとてもトータリティに溢れた、捨て曲無しのアルバム。
デビュー作「ハウリンウインド」と同じ年に発売されてる。
今だったら、2つまとめて1作になったんだろうなあ。
LP一枚10曲の時代。
すでに当時のLPに収まりきらない、完成度の高い曲がいっぱいだったんだ。
ハウリンウィンドも悪くない。
むしろ、デビュー作として選りすぐられたわけだし。
ハウリンウィンドをベストに押す向きも多い。
しかし、僕はヒートトリートメント。
初めに出会ったっていうのもあるんだろうが。
曲のタイトルが必ず歌詞の中に出てくる親しみやすさ。
タイトルが歌詞に出てくるってのは、何気に口ずさむには重要なこと(笑)。
一言、パブロック!ってくくり方で見るのはやめて欲しい。
ほんと、パブロックって言葉だけは、どうしようもない。
スタイルで言ったら、スプリングステインと大差ないわけだし。
知らないヤツに聴かせて、『アメリカのバンドだ』って言ったって納得してもらえるおおらかさは、パブとは全く正反対の趣だ。
その後バンド始めてからは、アレンジはずいぶん参考にした。
単純なコード進行に、さりげないセクション。
スプリングスティーンとの大きな違いは、パーカーの曲の方が歌の1番、2番、間奏!がはっきりしてること。 激(^◇^;)爆
自由な遊びの多いアレンジの妙を奏でるサウンドはザ・ルーモア。
うん、まったくスプリングスティーンとEストリートバンドの関係と同じだ。
今、ECにいると、さらに思う。
「HEAT TREATMENT」は僕にとって、ず~~っとロックバイブル。
スプリングスティーンよりPowerPOpだし。
デビュー間もない頃のハウンドドッグにもすこ~~し影響を感じる。
ライブアルバムパーカリラが「マカロニほうれんそう」で取り上げられてたりと、日本で結構知名度があったときもあったんだ。
そんなわけで今日まではこうなった。
【スタート】
Highway 61 Revisited (デイラン)
↓
ボーンToラン(スプリングステイン)
↓
ヒートトリートメント(グラハムパーカー)
ほい、戸堀、タッチタッチ!
2008年05月25日
All by Myself

時間ができたので、漫画を読もうと思った。
前から読みたいと思ってたマンガがね、ookOFFで程度の良くないヤツがもう105円で売ってるからね。
BJによろしく。
妻武器君のドラマ見てから気になってて、BJは僕が初めて単行本で買ったマンガだからして。
とりあえず5冊買ってみたんだが。
うーん、3巻4巻は切ないなぁ。
理屈が多いのはしょうがない。
突き詰めれば世の中には表と裏、光と影しかないんだが、両極端なわけだ。
必要悪とか、正義とか、100人いれば100通りの答がありそうなテーマだ。
一気に読んだ、面白い。
続巻も買ってみようと思う。
曲ジャンキーの僕だが、マンガ読んでるあいだもヘッドフォン。
その切ない瞬間に流れていたのが
↓
ECABMS
ご存知ラズベリーズの中心人物、エリックカルメン、略してEC(笑)の1976年のヒット曲。
セリーヌディ音、昨今話題のILDIVOのカヴァも素敵だが、本家Eカルメンのオリジナルが一番切ない。
セリーヌの「これでもか!」みたいなサビ。
それに比べてEカルメンの振り絞る声は、どこか抑制が効き、そこが心の深遠を魅せてくれる。
7分近い長い曲なんだが、イントロのピアノからぐいぐい引き込まれる。
って、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が元にはなってるんだが。
声って、歌って素晴らしいと改めて思う。
2008年05月24日
思い出の街から、その後
今日は何とかリハできましたね。
同じ曲をなんどもやっていると、飽きてくるってのもある。
あるいは、もっと高見に昇ろうと何か新しいことを試してみたりもする。
リハ時に曲が完成する!なんてことは、これまでほぼ無い。
だけど、『今の演奏良かったな!』っていう共有感は、演奏の上手い下手に関わらずある。
それがなけりゃあね...
そんでもって、たま~~に、ある程度、ミスの目立たない普通の演奏ができたりする神様降臨があったりする。
思い出の街から
「思い出の街から」はEC結成初期にリーダーの書いた3つの詩のうちのひとつ。
僕とRyuさんが同時くらいに曲を書き始めたらしく、かぶっちゃった(笑)
僕の方が先に作っちゃった結果、Ryuさんの作品は『狼BOY』となり、詩はRyuさん自身によって新たに書き下ろしされることになる。
ただし、元々『思い出の街から』がベースだったため、『狼BOY』の歌詞の中に『思い出の街から』の“残骸”が見てとれる。(笑)
さて、『思い出の街から』はひ弱な曲だったのだが、なかなかに成長してくれた。
そろそろ力技もそこそこにしたいな、と思いつつ、ごり押し信条なんだよね、僕って。
大人って何?みたいな。
2008年05月23日
I believe in you
Ibelieveinyou
夜ちょこっと友人を車で送ることになって、そんとき車の中で流れてたのが、ブライトマンとボチェッリの“TimeToSayGoodbye”
これなんですか?って訊かれて。
今から思うとClassicalCrossoverはここから始まったのだ。
12年前、当時何も知らなかった僕だが、よく足を運んでいた知人の故O氏が、BGMにエンドレスでボチェッリのCDを流してた。
個人的にはかなりノスタルジーを覚える曲。
“TimeToSayGoodbye”英題はちょっと誤解を与える。
“愛と青春の旅立ち”っていう方が適当。
しかしそれはすでにあるもんね(笑)
別れの曲じゃないんだよ。
このあいだ、戸堀を乗せてたときも流れてて、そんときは「ボレロはこんなだ」みたいな内容。
で、IL DIVO。
イケメン4人組のヴォーカルグループ。
友人には、こっちの方が良いじゃないかと思ってね。
アイドル的だけど、そうやって片付けるには惜しいところが、曲の良さ。
“I believe in you”はセリーヌディオンも参加してる。
盛り上がりチョー満足の一曲に仕上がってます。
ClassicalCrossover、ちょっとマイブームなんだが、原因というのはカヴァ。
名曲が新たな命を吹き込まれるような感じでとても新鮮。
クラッシック畑のヴォーカルカヴァでスローバラードを聴くのは、和み方も天に昇る気分なのだ。
IL DIVOはマーケティング戦略もかなりあるんだろうが、楽曲は素敵だ。
“I believe in you”「ANCORA」(2005)/ILDIVO
2008年05月22日
まどろみ

池袋アウルスポツトで「まどろみ」を観てきた。
意外に小さい小屋だったが、客席のなだらかな傾斜、足元はゆったり。
今日はほぼど真ん中!
しかも前席は空席!ととても素敵な観劇となった。
AyaDonプレゼンツ(笑)
今日はジャンプ物。
不眠症の主人公をめぐって、それに関わる4人の現在過去が舞台上で転回。
それぞれの現在過去、気を入れて観ても、え?みたいな転換。
まぁそれが作者の狙いなんだろうけど。
「まどろみ」というタイトルを気に留めながら、どこか騙し合いの要素もあったのかな。
あっという間の2時間。
ブラッドピットの映画、ファイトクラブを思い出したが、そういうものとも違うような。
鴻上さんのトランスに近いと思うんだが、Ayadonの意見もちと違う。
舞台表現の独特さ。
現実と心象風景をどう解釈するかだ。
村岡希美さん、ラブリーないい味だしてました。
前から気になってた六角さんを生で見ることができてこれまた感激。
ともさかさんはチッチャかった(笑)
今日は竹中なおと氏も来てたみたいだ。
だが、坊主頭は僕も含めてけっこういらっしゃった。
2008年05月21日
ThnderRoad
「このアルバムがいぃんだ〜〜」とガリー。
ジャケを抱くMrファンタジー。
この夜唯一流れた邦版。
ガリー家でROCK。
今夜はガリーリクエストで焼き肉。
しかし、焼き鍋はMrファンタジーYU!持ち込み。
ガリー家にはまだ21世紀は見当たらない。
何気に籍を入れていたガリー。
そして帰国したMr.S。
ガリーの結婚とMr.S凱旋をROCKなメンバーで祝う。
彼女のマユちゃんと初対面であった。
ガリー家は二人の巣なんである。
ガリーの話では、相当シャイな無口な、人見知りの激しい砂漠の袋オオカミ、そんなイメージだったんだが、実に社交的な気さくな女性だった。
マユちゃんの友人のキヨちゃんが買ってきてくれた、あの有名なドーナツを頂くために、マユちゃんに「ドーナツの踊り」を強要されることとなる。
横で『よしてくれよぉ〜〜』とマユちゃんに手を差し出すガリーの悲鳴。
シアトリカルな光景だった。
結局“ドーナツの踊り”をやっておいしいドーナツ頂きました。
そんなマユちゃんと知らず、何も仕込んでおりませんでした。
今度はもっと凝ってみます。
さて、CDを聴くことができない、がリー家。
プレゼントはCDプレイヤーがいいかなぁ。
しかしマユちゃんもな〜〜んも要らないクチなんである。
当分ガリー家に21世紀は来ない。
いや、まだ1990年代もオトズレテいない、ノストラダマスの大予言はこれから、みたいな。
ディランの「Like A Lolling Stone」にピンときた次には何を聴くべきか。
YUクンからの相談(笑)
その他のディランを聴くのか、類似に向かうのか。
Likeア〜にピンときても、アルバム「Highway 61 Revisited」すべてが良いわけではないという。
そこで考えた。
僕はアルバムで言えば、「BornToRun」、曲で言ったら“Thnder Road"という結論に至ったよ。
ローリングストーン誌のロックベスト500で今のところナンバー1ソングが「Like A Lolling Stone」
ちなみに二位がサティスファクション、三位イマジン、、、、、。
ここら辺はもう聞き飽きただろう。
意外に曲としての「Like A Lolling Stone」の知名度はローリングストーンズより低いことに気づくんである。
王道には王道で。
ディランの後継とは言わないが、ロックは進化するものだと勝手に定義づけして、今から思うとこのアルバムには“近”未来があった。
ガリーまでもが尾崎豊の曲を知ってるくらいだが、そこは、ほれ、日本のロックの一側面がスプリングスティーンの影響下にあった時代もあったんだよ。
世界的な名盤に違いない。
RS誌のスプリングスティーンはアルバム「BornToRun」が18位、曲は“BornToRun”が21位となる。
が、僕は“Thnder Road"の方が好きだし、アルバム1曲目、Likeア〜みたいにインパクトとしても“Thnder Road"をお薦めする。
どう良いかってのは、もう聴いてみるしかないべ。
複雑な日常を不完全な言葉で表そうとするエネルギーが、セクションがありながらも自由サウンドに乗っかってドライヴする。
「あぁ、金が貯まったんでピックアップを買うつもりさ!」
Jにはとうてい及ばないハードさが満載。
また別道にそれる手もある。
「Like A Lolling Stone」ぐらい有名になるとカヴァも豊富なのだ。
「Like A Lolling Stone」を極めてみるのもいい。
個人的にはローリングストーンズのカヴァはヘヴィローテもの。
やはり、僕らが叶わない極地に存在するモンスターだってことを思い知らされる。
ローリングストーンが3種もでてきて厄介な文章ではある。
“涙のサンダーロード”「ボーントゥラン」(1976)B.スプリングスティン
2008年05月20日
The flames beyond the cold mountain
「You Are There」MONO
MONOはちょっとややこしい。
MONOはワールドワイドに活動する日本のバンドなんだが、別に外国人のユニットがあって混同されてしまう。
プログレがリアルタイムじゃない僕だが、ポストロックって言葉がそれに近い響きを持っているんじゃなかろうかと思う。
tfbtcm
「The flames~」は切ないインストだ。
そしてとっても長い曲なんだが、山一つ盛り上るだけ。
沈思黙考するには充分な曲。
聴いている僕自身は静の中に身をおきながら、激しい慟哭が胸を突き上げる。
かつてこんな音楽を志向した時期もあった。
エフェクター
映像はお薦めではないが、足元のエフェクターを見るには楽しい。
そして今朝までの順番は、こうなった。
into my arms(ニツクケイヴ)
↓
so far away(ドノヴァンフランケンレイタァ)
↓
時のめぐりあい(麗ぃ美)
↓
My Skin(ナタリィマァチャント)
↓
My Immortal(エヴアネツセンス)
↓
The flames beyond the cold mountain(モノ)
2008年05月19日
My Immortal
エヴァネッセンス
な〜〜んもしていなくても、不徳を捨てた泉から、これでもか?と罪を問われる。
眠ろうとしても、これまた消えない記憶が「お前の場合はトラウマとは言わないんだ!」と恫喝される。
甘んじて受けようと思うが、人一倍の悔しさを墓場まで持っていく勇気が必要だ。
エヴァネッセンスは、J−で例えたら、ガァネットクロォ+Doアズインフイニティ×エレクトロニクスみたいなメタルバンドだ。
わかりにくいか。
しかし、ヴォォカルはGCに似てるなぁ、といつも思うんだが。
メロディも不思議なセンスだけど、かなりハードにドライヴィングする曲も多い。
鋼鉄の板を怪力でねじ曲げるような迫力がある。
で、マイインモオタル。
これはアクースティツク&シンフオニックな美メロソング。
悲しく暗い。
曲の後半、雑音かと思うような、微かな電子音がとても気になる。
まいいんもー
半分狙ったとしても、この手のPVはモノクロか??
救われそうな手前で振り切られるような切なさがある。
マイスキンがあまりに悲惨なので、ここで少し、ほんの少しだけ光を。
そして今日までの順番は、こうなった。
into my arms(ニツクケイヴ)
↓
so far away(ドノヴァンフランケンレイタァ)
↓
時のめぐりあい(麗ぃ美)
↓
My Skin(ナタリィマァチャント)
↓
My Immortal(エヴアネツセンス)
いや、しかし、この順番で聴くのは、今日はかなり危険だ(笑)
2008年05月18日
Everybody's Changing
1年に一度のお約束。
AyaDON所属のバトンダンスクラブ(?):バングラメイツの発表会に行ってきた。
場所は朝霞市。
多摩からだと新宿池袋回りの方が乗り換えも少ない、電車賃もちょっと安いと思ったんだが、気がついた。
今日は調布あたりで不発弾処理があるっていうじゃないか。
ここはゆっくり、南武線、武蔵野線、東上線を乗り継いだ。
急ぐ旅じゃなし。
去年と同じ、暑いくらいの日和だった。
今回、AyaDONの出番は1番からってんで開場から並んだ。
結局、今年は最後まで40曲、2時間30分を全て観た。
AyaDONも4曲に参加と、今年は2倍。
いつ観ても舞台上のバトンの扱いはハラハラドキドキなんである。
毎年衣装には感動するが、今年も4パターン全て違う衣装。
3つはパンツスタイルだったが、これがカッコ良かった。
画像をお見せできないのが残念。
ダンスできるってうらやましい、いつもそう思う。
AyaDONを観てて、継続は力なりってあらためて思う。
薄紙を重ねるように、そしてあるとき振り返ってみる。
輝きを増してきたのは、今年がAyaDON、独身最後の舞台ってことも手伝ったか。
(⌒ー⌒)ムフフ
もし人間に生まれ変われるとして、ダンスできる人間かベース弾く人間かを選べるとしたら、それでも僕はまたベース弾く方を選ばせてもらおう。
まだまだわからないことばかりだ。
“Everybody's Changing”Keane(2004)
2008年05月17日
薔薇ッドof K

我ながら上手い語呂を考えたと思った。
この時期に「花見をする」っていう知人がいたんだが、バラの花見なんだと。
日差しが強くても日陰は期待できないわけだな。
さて、僕も久しぶりに薔薇を見に行って来た。
虫がつく!ってなイメージで自分ではまったく世話する気はないのだが、手入れの行き届いた薔薇の園、薔薇の花は素敵なものだ。
そしてなんといっても、その香りが魅力。
遠い記憶を思い出させてくれる。
でも香水の原料になる薔薇ってのは、数種しかないんだって。

北原白秋が言葉を失った薔薇の花とはどんなものだったか。
思うに、こんな、真紅のオーソドックスな薔薇だったと決め付けている。
(↑これは一輪挿部門入賞作品)
まったく、美しいバラの前では言葉も音楽もかなわない。
園を見て回ると、幾重にも花びらが折り重なったバラの方が多いことに気づく。
常に新しい品種ができるんだろう。
ランとバラは人を魅了して止まない、天候もあるんだろうが、この人出の多さといったら...
さてさて“Ballad of K”
ECメンバーに2年以上内緒にしてきたことがある。
2週に渡ってスタジオ録音した2006年1月、BOKだけは、1テイクのみしか録らなかった。
このテイクが1stデモCDに収録されたのだが、実は僕が個人的に配布したデモCDは、BoKのみ、リミックスしてしまいましたゴメンナサイ。
ささやかなミステイクはあるものの、このテンションは奇跡だったでしょう(この曲に関しては)
だからこそ、手を加えたかったのです。
\(__ )BOK
ギターを1本、ピアノを重ねました、<(_ _)>
テーマにはどうしてもピアノの音が欲しかったんです...(>ヘ<。)
ライブでやることを想定して、期待を持たすFadeOut仕様です。m(_ _)m

2008年05月16日
Lost without your love
ほら、戸堀、遅くなったがこれがヒナゲシ。
あちこちでみかけなかったか?
大阪には咲いてないのか?
盛りは過ぎたが、まだまだあちこちでオレンジ色の花を見かける。
近年特に旺盛に繁殖してるよなぁ。
写真ではもう花が落ちて先端が膨らんでるのがいっぱい写ってるのがわかるかな。
このあと綿毛を開くわけではないが。
綿毛と言えば、タンポポも西洋種が席巻してるわけだし。
あぁ、そういえば、近くの多摩川をさらったら、外来種が100種も見つかったんだって。
その昔、高いお金出して買って、翌日の朝に水槽から飛び出して干涸びてたポリプテルスなんかも生息してるらしい。
東京は亜熱帯になったって言うひともいるし。
うーん、な〜〜〜んも無いのがいい。
ほんとにな〜〜〜〜んも無いのが。
それでも突然の出来事はあるのだ。
今日、こんなところで!っMANAchanに会った。
何も授けてもらえなかったが、夕暮れの街中の彼女は、パステル画のようだった。
それで十分だった。
1970年代には埋もれた名曲がいっぱいある。
BREADと言えば“IF”なんだろうが。
でもなぁ、どこかインテリの空気の読めないポエマーが歌ってるようなイメージがあってね。
で、“Lost without your love”
一度活動休止したBREADが活動再開した1976年の作品。
日本版春のワルツのエンディングテーマ:守護天使、の元歌。
恥ずかしながら知らなかったのだ....
守護天使はオリジナルだと思ってた自分が恥ずかしい。
でLWYL
今となっては頭にこびりついた韓国語の歌詞がぐるぐるしてて大変。
かぁすめさんちょぉがぁぎぃじはぁまよぉ〜〜〜
しかしオリジナルとは力強いものだ。
甘い歌ではあるが、クラシカルにブレないところがロックぽくて良い。
後半の間奏がニューウェーブ以前の70年代らしさ爆発でラブリー。
良い曲なんである。
な〜〜んも要らん!が、
なんで誰も教えてくれなかったか?
1970年代の宝探しはまだまだ続く。
2008年05月15日
shadow of the day

shadow
ユーツーの某曲に似ているともっぱらの噂だが、流行ってます。
プロデューサーは、あのリックルゥビン。
これからユーツーのプロデュースもするんだとか。
少し似てたって、いっぱい似てたっていい。
最後まで1本の線で繋がっていくところなど、まぁまぁ、うんうん。
しかし輪郭をはっきりさせたアプローチで、なかなかにいい曲なのだ。
個人的には過去のL.P.は好みじゃないが、新作3rdのソフトな面は良いと思う。
昨日までの雨が上がったが、日が陰った後の肌寒さ。
GWあたりに爆発した緑が、今後どうしようか迷っているような夕暮れ時。
高台からマイホームタウンを眺めてみる。
俺の周りの日常の複雑さ、始まりも終わりも単純じゃない。
だけど、1日の始まりと終わりはどうだ。
なんのためらいもなく日は昇り、そして確実に沈む。
いや、それほど俺のことに限っていえば、始まりも終わりも簡単じゃない。
Sometimes goodbye’s the only way.
リモコンでテレビを消すように。
2008年05月14日
雨の物語
5月にしては冷たい雨だなあ。
しかし、音楽の世界の文字通りの冷たい雨には「暗い」「悲しい」「別れ」の風景がつきまとう。
そのまま、映画の世界のワンシーンのような曲。
“雨の物語”はイルカ氏の、他のイセ氏作品、例のやつ&海岸通とともに70年代の僕の名曲に違いない。
飾らない淡々とした歌詞はかえってリアリティをもって胸にせまる。
小学生あるいは中学生であった僕にも、物語には初めと終わりがあることぐらいは理解できていたんじゃなかろうか。
でもそれが恋愛に転化できたのはいつのことだったか。
今日みたいな日はまたメロディがよぎる。
いつのまにか自分が思い描いた主人公のイメージに近づき、母以外の女性が目の前で化粧するのを見、世の理を身をもって知っていったのだと思う。
憧れたかもしれないシチュエーションは、ちっとも格好良くないってことにも気づく。
1970年代のイルカが出した数枚のアルバムは僕の音楽的風景の基礎の一端を今でも形造っていると思ってる。
すべてがLPだったが、「植物詩」だけはCDで買い直した。
今にして思えばイルカ初の海外録音。
LAの名うてのミュージシャンが参加したご機嫌なアルバムなんである。
その中にあって、シングルカットもされたのが“雨の物語”
なんだが、アルバム中一番暗い曲に違いない。
まだ明るいうち、昼の雨がよく似合う。
窓の前には、そう、戸堀ん家みたいに木が一本そびえてるのがいい。
できれば半軒の窓で、肘をついて窓の外を眺められるのがいい。
そんでもって、木の葉っぱに、雨を逃れた小鳥なんかが体を膨らましていたら最高だ。
“雨の物語”-「植物詩」(1977)/イルカ
2008年05月12日
My Skin

つい3日前にそこここで冷房が入っていたかと思ったら、昨日今日は暖房だよ。
季節のイメージで服を着る僕には、ダウンジャケットは違和感。
しかし、寒いし、ダウンが暖かいわなぁ。
冬用の部屋着もすでにしまいこんだ。
家の中では、半分意地のTシャツ、半ズボンだが、指先が冷たい...
冷えた身体でいると、心もさび~~しくなっていく。
そこでダークソングで冷えた気持ちに追い討ちを掛けてみることにする。
今日はナタリィマァチャント。
ヒット曲「ワンダー」はゴキゲンな曲(と言ってもどこか不思議)だけど、MySkin。
イントロからすでに筋弛緩。
鬱々とした曲調が盛り上りもせずに終結し、脱力。
ナタリィの明るい部分を知らずに聴くと、この曲の消え入りそうな線の細い表現に心底ダークなイメージに覆われる。
PVがこれまた冷えるモノクロ映像、プラス“雪”&荒野。
さらに深刻(笑)なのはその詩なのだが、表面的な内容はPVどおりとして、元になったシチュエーションはダークというか、悲惨だ。
現実に、死そのもに幸不幸があるのだ、と思わずにいられない。
僕はこの歌にまるで希望を見出せない。
いやあ、鬱々×2乗。
今日までの順番は、こうだ。
into my arms(ニツクケイヴ)
↓
so far away(ドノヴァンフランケンレイタァ)
↓
時のめぐりあい(麗ぃ美)
↓
My Skin(ナタリィマァチャント)
うん、まだ大丈夫だ。
しかし今日は本当に寒い。
Ophelia
Natalie Merchant - My Skin【1998】
2008年05月11日
感謝・感激
実は、PCが手に入った。
ひと回り下のLambのYUくん、ありがとう。
ほんとに、ほんとにありがとう!
(今顔文字使えない....)
中古のiMACを譲ってもらたよ。
ずいぶん先輩にはお世話になった僕だが、この年であろうことか、後輩にも世話になるとは...
家はリーダーだし、着るものは戸堀だし、飲み代はRyuさんだし....
実は長生きして、みんなにご恩を返さねばならぬようです。
そんなわけで、5年半振りにMACユーザーに復帰。
うーん、かなり戸惑ってるが、ネットにはつないだど。
移植じゃないから1からせっせと。
そんでもって、戸堀、ココあにはウPしといた。
母の日には何かしたか?
打ち込むのが面倒なので、とりあえずメールくれ。
なでしこ
(2007)オオゼキタク
荻窪へ立川志隆さんの寄席を観に行ってきた。
志隆さんはギター&フルートのプロでもあって、2時間の高座は前半1時間が歌声広場、後半が一席という、一人で2部形式の珍しさ。
全国を飛び回り、この夏前には公演2000回を迎えるとのこと。
さてさて、そのギターの生演奏に合わせ、観覧者で童謡&唱歌を歌ったのだが、そこで気づいた。
今日は母の日じゃないか。
実は僕の母は誕生日が5月。
しかも母の日にも近い、とあって、毎年、母の日にお祝いするか誕生日にするかで悩んでいるうちに、時は矢の如く過ぎていってしまう。
母さんごめん。
志隆さんも言っていたが、お母さんの歌はなんと多いことか。
「おかあさん」という歌はあっても「おとうさん」という歌は無いとか。
それならECで作るしかあるまい?
歴史に名を残せるか?(笑)
先日、知人のお宅で白いテッセンを生けていた。
自宅で咲いたものだという。
蔓もとてもアクセントになっていた。
僕にとってはテッセンは紫なのだが、白もいいと思った。
この時期に咲く大輪のテッセンが大好きだ。
数年前、まだ母さんをしっかりお祝いできていた頃(笑)、僕は母の日か誕生日かどちらかに紫のテッセンの鉢植えを送った。
母さんはテッセンを地植えした。
その後、この時期に田舎に帰省できたとき、自宅の庭に数輪の花を咲かせたそれを見つけた。
テッセンが咲いてくれていればそれでいい、という安上がりな気持ちも無きにしもあらず、後ろめたさ。
それが今も咲いているかどうかは定かではないが、今年は6月に必ず帰って何かお祝いするべ。
毎年、折には帰省している戸堀は親孝行だ。
多少の嫉妬と悔しさと。
オオゼキタクの“なでしこ”は正直な歌だと思う。
あまりの正直さに泣けてくるよ。
そのとおり、そのとおりでございます。
僕も田舎のある上京者なのだ。
そして今も悩んでいるのだよ。
去年流行ったかどうだかは知らんのだが、こっそり、毎日聴いてました...
“なでしこ”オオゼキタク(2007)
2008年05月10日
時のめぐりあい
なんか遠い記憶のダークソングをそこまで思い出していたんだが、やっと思い出した。
“時のめぐりあい”
麗美のアルバム「REIMY」の中の1曲。
これは暗い。
ユーミンの作曲なんだがって、あんまり関係ないかもしれないが、詩がダークだ。
演歌とか、叙情フォークの暗さじゃなくて。
冷たい冬にコンクリートの上に寝そべるような、荒涼感、寂寞感が漂う。
死の香りが漂う曲である。
とりあえずここまでの順番としては、
into my arms
↓
so far away
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時のめぐりあい
ひたすら泣きたい!ってときに聴く歌じゃなくて、ひざを抱えてたった一人ぼっちになっていく曲郡。
欝なときにはとってもデンジャラス(笑)
“時のめぐりあい”-「REIMY」(1984)/麗美
全曲ユーミンの作曲で、ユーミンもセルフカヴァした「ノーサイド」とかも入ってる。
わりと早い時期に買ったCDで、劣化が心配なコレクションのひとつ(笑)
2008年05月09日
The End Of The Innocence

真っ白なタオルに包まれて看護婦さんに抱かれてやってきた君は、もう泣き止んで、やっと開いたかもしれないその目で、父を見た。
もしかしたらまだ何も見えてなかったかもしれないけれど、君と父はそのとき初めて確かに視線を合わせたのだ。
その瞬間は君と父との永遠になった。
父も、父の父、あるいは母をそうやって見たのだろうか。
『おまえの父さん、ロックやってるんだって??』
この場合の“父さん”とは、ミツクジャガでもボノでも、ましてJ・ヘットフィールドなんかじゃいけない。
ドン・ヘンリーなんである。
誠に勝手な意見だが(笑)
ロックをやってる正しき親父の見え方ってのは、今のところドンヘンリーに尽きる。
カッコいいロックをやっていながら、休日は庭いじりしてそうじゃないか?
フォーマルもカジュアルもTPOに合わせてすぐにキメテしまいそうな雰囲気。
相談ごとにもまじめに考えてくれて、ソファに座って、両手を投げ出して気さくに答を返してくれそう。
まさに僕の理想の“ファーザー”だっ!
授業参観に来ても、そっと周囲に溶け込んでくれそうだ。
うん、ロックやってますなんて雰囲気をこれっぽちも感じさせずにね。
何も知らんが、ドンヘンリーには勝手にそんなイメージを膨らませてしまう。
さて復活したイーグルスはなかなかに良かった。
ロックンロールもまだまだ未来があるってことを感じさせてくれた。
大御所の実力ってヤツを見せ付けられた気もした。
そんなドンヘンリーのソロ作、The End Of The~はアルバム「エンドオブザイノセンス」に収められたタイトル曲。
80年代も終わる頃、それでも80年代を感じさせる印象的な作りはブルース・ホーンスビーとの共作曲ときいて納得。
乾いたピアノと空間処理は5月に気持ち良い、ミディアムバラードだ。
少し風の吹く日に、ここらあたりじゃ昭和記念公園の草っぱらに寝転んで、青い空を見上げながら聴きたい。
父にも若い頃があった。
父は初めから父じゃなかったんだよ。
“The End Of The Innocence”-「The End Of The Innocence」(1989)byDon Henley
2008年05月08日
so far away

今日は一年に一度、僕にとってとても大切な人に感謝する日。
この日には決まってサンダーソニアを持っていく。
初夏に美しい、このオレンジ色と、ささやかだが、鋭角線のくっきりした葉の対比が、その人に対する僕の変わらぬイメージなのだ。
田舎で育った僕にとって、自然は常にそこにあった。
強烈に自然、識の移り変わりを意識するようになったのは、東京に来てから。
サンダーソニアも、そんな生活の中で見つけた花なのだ。
愛ってやつが、形にできるんだってことを教えてもらった。
その大切な人に、また今年も自分の感謝の気持ちを伝えることができた。
さてその帰り道、西武池袋線で、人身事故に遭遇。
20年近く利用していて今日が初めてのこと。
2本見送ってやっと乗った電車が、これまた、踏切内に車が立ち往生したとかで止まったりと、何かと散々な状況。
特別な日に、特別なことが重なった。
ニックケイブを思い出していらい、ダークソングブーム。
で、ドノバンフランケンレイター、一押し!
ECのメンバーに一押し!
「So far away」は鬱々とした気分をさらに盛り下げてくれる。
(^◇^;)
4畳半で裸電球、ひざを抱えて聴いたら、心臓が止まってしまいそうだ。
(ガリーの部屋か?!)
「into my arms」の次はこれを聴く。
で「Move by yourself」
これ、ほんとにこれ。
ダークソングでは無いけれど、この間もフルバージョンを戸堀にも聴かせて猛アピールしてみたところ。
2度目の紹介だけど、この感じ。
新しい時代にもまだまだ良い曲がいっぱい生まれてるんですよ、リーダーってば。
2008年05月07日
far away
「far away」
Nickelbackは「漢」と書いて“おとこ”と読ませる、そんなバンドだと思う。
なんとカナダ出身。
ジャケットのイメージは、バンドのカラーをうまく際立たせたと思う。
驚いたことにfar awayを含んだアルバム「All The Right Reasons」は発売から3年が過ぎたというのに、現在もビルボードのアルバムチャートにランクインしてる。
今日はまだまだ、どっこい61位!
広大な大陸と“おとこ”を感じさせるROCKは、ぶれることの無い王道を突っ走る。
2000年代のROCKの音はこれかもしれない。
いわゆるロックらしいギターサウンドもあるが、Nickelbackの魅力は骨太のアコースティックサウンドにあると思う。
時に歪んだエレキサウンドはベタつく。
風が吹いても拭われないような、肌に吸い付く汗臭さがどうしても暑苦しいときがある。
Nickelbackのサウンドにはそれが無い。
チャドのヴォーカルもGood。
ZZtopのビリーみたいな高域が美しい。
べたついた声の僕はまったく憧れる。
シングルカットされた“far away”も力強く、しかしどこまでも乾いたギターサウンドがメインのロックバラードだ。
人間、目の前にあるものには気づきにくい。
それがどんなに大事なものであっても、いや、空気のように大事だからこそ忘れてしまうのか。
失って、気づいて、そして待つ!
まったく、このサウンドで歌われるからカッコ良い!
待つ男の演出としては最高だ。
(T^T) くぅ~~!
Mr.Fantasyな諸氏にはちょっと早過ぎるバラードかな(笑)
HooFitersも“おとこ”っぽいぞ!
アコースティックギターメインのサウンド、これが本当に“漢”のトレンドかも。
“fara away”-「All the Right Reasons」(2005)/Nickelback
2008年05月06日
The Reason
“The Reason”Hoobastank(2003)
( ̄~ ̄;)ウーン・・・名前に“HOO”がつくバンドは男っぽい!
hoo fightersもそうだ。
2000年代も次々と名Popが生まれていく。
「the reason」も間違いなく2000年代の私的名MidBalladだ。
この曲、まだ20代のMrファンタジーにもお薦めです。
実は詩が良かった!
人間、何か約束するためのきっかけが欲しいものだ。
青臭~い、若い頃を思い出してしまった。
世の中、甘ったるい応援歌が多すぎるとは思わないか?
僕は歌で勇気付けられることなど全く無い!
ただ、応援歌があるとすれば、この「the reason」がそうだ、と言い切ってしまおう。
完璧な人間などいない、誰しもが等身大でがんばればいいんだ。
アレンジがいい!
初めの印象的なギターの旋律の反復。
僕もこういう裏拍は実験を試みていたことを思いくやしい。
サウンドが良い!
低音と高音でヴォーカルをしっかり挟みこんだスッキリ感!
低音はものすごく重厚な音の壁ならぬ“音の絨毯”を作り出す。
シンセでの厚みのつけ方はもう最高だ。
この場合、ザラツキ感の無さがクラシカルさを醸し出してる。
シンプルなドラムとベース...
僕と戸堀じゃこうはいかんだろう...
この曲のサビの盛り上がりで、シンプルなラインを維持できるのか?
僕はデキン!
個人的に残念なのがPV。
最後が、最後が...、この曲の、僕のイメージを壊してしまう...
2008年05月05日
Into my arms

まったく。
久しぶりに悪夢で目が覚めた。
夕べ例のノイバウテンのブリクサのことを追っかけてたからだ。
もうずいぶん前に、ニックケイブのBAD SEEDSは脱退していたようだ。
別人か? みたいに、近年は信じられないくらい太ってるブリクサに驚いた。
っていうか、僕にはガリガリのブリクサしかイメージに無かったからな。
ニックケイブとの活動にはまったく興味が無かったし。
そのブリクサが、夢の中でBAD SEEDSの脱退について、延々と語りつづける。
日本語で。(笑)
個人的は荒くれた音楽のイメージがあるニック・ケイヴ。
そのニックの驚き(個人的)の曲が「Into my arms」
もう10年も経つのかと思う。
また古い曲を思い出してしまった(笑)
かなり、暗い曲だ。
ピアノと、ひたすら低音のベースに、ニックのヴォーカルが絡む。
正気だが、立って歌うにはしんどい...
何かを掴みたいのだが、思いはいつだって空を切る、みたいな徒労感が漂う。
俺がお前の神だ!って、そう強引にではなく、優しく受動的な態度。
都会のゴーストタウン、冷たい水の中での独白なのだ。
虚しく静かに泣ける。
ひたすら、しっとりと泣ける。
~into my arms,,,O lord,,,,,,,,~
40未満、もしかしたら50歳未満は聞いちゃイケナイかも(TωT)
優しい男は必聴o(´^`)o ウー
この曲を出したときのニックケイヴは、な~~んと僕と同じ年。
YOUTUBEにPVがアップされてびっくり。
http://jp.youtube.com/watch?v=HZESLr6iFu4
悪夢も見るわけだ。
まったく、今の俺ときたら。
こんな枯れ方に憧れる。
“Into my arms”
「The Boatman's Call」/Nick Cave and the Bad Seeds(1997)
2008年05月04日
side by side
戸堀と酒を買いに出かけた。
小金井の酒屋へドライブ。
二人が車で出かける時はいつだって「酒を買いに」行く時だけのような気がする。
走り出してすぐに、戸堀は開放していたウィンドウをクローズする。
僕は少し暑いくらいだと思っていたんだが。
勝手知ったるなんとか。
僕は小金井に5年住み、戸堀は小金井の大学に数年存在してた。
少しずつ町並みは変わる。
別に意識して走った道では無かったが、「ここも掘った」「あそこも掘った」と、戸堀の痕跡がいたるところにあるのには驚くばかりだ。
『トータルで地球を7週半モップがけした』発言も大笑いだが、犬も真っ青のマーキングぶり。
車の中では酒の話しだ。
と言っても、今日は戸堀が今、生活の大半を過ごしている出張先での酒の調達方法が主な話し。
今では、通販でケース買い、それが安い!云々。
東京に戻ってきてもバンドのリハのみで出張先に帰ってしまう戸堀の東京の部屋には、ほとんど酒が置いていないという。
リハの後にメンバーで飲むから。
昨日も、先週もそうだった。
家に上がれば、好きな酒のリクエストにある程度応えてくれていた時期もあった。
目的の酒屋で戸堀は数本の酒を買い、その中の1本はテキーラ。
酒以外のコーナーで「グレナデンシロップ」を見つけた僕は、すかさず戸堀に示したんだが、テキーラサンライズはお好みでは無い様だ。
ペルノのアブサンも置いてあるほどの店だったが、二人がここ数ヶ月探している泡盛は、見つからなかった。
北大通りを戻る。
ちょうど僕が住んでいたアパートの前を通る。
「ここに来たことあったっけ?」
「引越しの時に」
そう、僕は戸堀のアパートによく足を運んだものだが、戸堀が来ることは無かったようだ。
こだわりの品々とCD,レコード、オーディオ。
戸堀ん家はいつでも居心地が良かったのだ。
逆に、戸堀は引越しの時、トラックに乗ってやってきたのが我が家へ来た最初で最後だったようだ。
1994年の秋。
リーダーにも手伝ってもらって、作業後には、リーダーに逆に引越しを祝ってもらった。
今も金は無いが、あの頃はさらに貧乏を極めていた。
生活できたのは、戸堀やリーダーに支えられていたから。
もうずいぶん世話になってるのに、未だに恩返しができないでいる。
(あの頃のリーダーの年齢を越えたというのに(TωT))
大学の北門を見ながら、貫井のトンネル手前を右折。
大学の正門の前を通り、やがて国分寺街道へ向かう。
もう1軒の酒屋へ行くためだ。
GW、心配したけど、酒屋はどちらも営業中。
帰り道では府中のお祭りの神輿に遭遇、進路を変え、府中のハローワークの前へ出る。
甲州街道沿いのかつての戸堀の会社のビルを確認しながら戸堀ん家へ向かう。
ニュータウン通りから裏道へ。
車1台も通れない道沿いのアパートの2階が戸堀ん家。
眩しくて、静かな住宅街。
高いマンションが無いのだ。
サッシを開けて風を入れる部屋はさわやかだ。
ベランダの前には、2階と同じだけの高さの木が立って、向こうの景色をさえぎっている。
新緑はまだまだ柔らかそうな黄緑色。
そんな新緑の中に、時折茶色いものが動く。
スズメだ。
「鳥は部屋に入ってくるのか?」
「いや、入ってこない」
頭の中で、このベランダに米粒を置いて、スズメを部屋に誘い込むことを想像する。
「夏はカエルだっ」
近くには田んぼもある。
情緒の度を越した大合唱を、またまた想像してみる。
あるいは、戸堀が土を掘り起こして、眠っていたカエルを見つけた話しを思い出してみる。
side by side(1927)
2008年05月03日
10000feet high
3ヶ月も眠っていたかと思ったら、2週続けてメンバーに会うことができた。
2週続けて雨かと思ったら、今日は晴れていってくれた。
先週は疲れてどうしようもなかったメンバー。
低気圧のせいだったか?
少し降り返ってみたら、けっこう新曲も増えてるってことに気づいた。
知らないうちに身体に馴染んでるってことにも気づいた。
そんでもって、僕はれげええが好きではないってことにも気づいた。
2008年05月02日
when you are gone
“when you are gone”収録
ごめ~~ん、アヴちゃん!
聴かず嫌いだったのだ。
ただのアイドルだと思ってたし、ブリちゃんとの区別もついてなかった僕。
実はもう去年から“when you are gone”にハマって、今でもヘヴィローテ。
メロディーはもちろん、サウンドのザラツキ感、大サビの作りなど、とても職人技的にプロデュースされたPOPバラッド。
歌いだしの舌足らずな独白感から引きずり込まれる。
声から想像する「カワイサ」ってのは、アジア系のそれと、英語圏のそれははっきり違う。
幼いだけじゃないこの感じ!
舌足らずは七難隠す!(ウソウソ)
ECの手前、恥ずかしいのだが、Pヒルトンにも同時にハマっていた。
歌い手がどうあれ、けっこういい曲揃いなのだよ。
シングルカットされた“screwed"はかなりご機嫌なナンバーなのだ。

れげええなナンバー“Stars are Blind”も個人的には必聴に推しておきたい。
これを機会に『実は!』ってな感じで、EC内部にヒルトンファン、アヴちゃんファンがカミングアウトするという楽しい現象はなかろうか?
思えば2007年夏ごろ~、リアディゾン、あらしろ紅なんかのシングルもへヴィに聴いてた。
こっちはモデルなんてことを知らなくて、歌から入ったんだよ。
そんな時期もあるさ。
(_ _(--;(_ _(--; pekopeko
2008年05月01日
The way we were..

The way we were../ Barbra Streisand(1974)
最近のヘヴィローテーション。
なんかRockサイドから語られることも多いBSの名曲。
何ていってもメロディの美しさはもちろん、これでもか!っていうサビの高音が魅力。
いつだったか、BSのライブをたまたまテレビで見る機会があって、あの一番良いサビの部分、メロディ変えてたんだよね。
しょうがない、年をとったら高音はでなくなるのは分かるとして、キーを変えてもだめだったのかな?
あの大サビがないってのは、水戸黄門で印籠が出てこないのと同じじゃないか(笑)
映画のロバートレッドフォード、最近はどうしても日本の俳優宝だ明と重なって見える僕。
しかし、良きアメリカの二枚目はここに極まってる感じがする。
The way we were.、その詩はまぁ、女性の気持ちかな?ぐらいのもんだが、次の1行は深い。
We simply choose to forget...
うん、そう、忘れる方を選びたいのだが、記憶ってヤツはなかなかに脳裏から離れてくれない。
昔から何度記憶を消したい!と思ったことか...
さて、生意気な言い方を許してもらえるなら、BSの表現力はそのシングル盤において、まだまだメロディを凌駕してはいなかったと思う。
最近のへヴィローテーションは、実はLesley Garrett 盤。
日常的な恋愛が、神の領域に昇華する錯覚に陥る(笑)
天の雲間からありがたく聴こえてくる感じがするのだ(_ _)ノ_彡☆バンバン!
しかし、はまってるんだからしょうがない。
タイトル曲もGoodです。

「When I Fall in Love」by Lesley Garrett
正面から伺うお顔はとってもきれいな人。