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2007年11月30日

シューガーベぇイビラー(ヴ)

sugerbabylove.jpg
『sugerベイビーLove』収録
シネマ・ライズ・エディット~リリヴュー!!ソングス・フロム・ポップ・アート・シネマ

これまた大事な1曲でありながら、EC用Myベストから洩れた1曲。
そう、ルベツツの『シュガーベイビラヴ』も後追いに聴いた音楽だが、アイドルソング的なポップスなんである。
それでも、僕の大好きなOLDIESの要素をたっぷり含んでるし、ドゥワップっぽいコーラスも白っぽくはまってるし、サウンドの厚みはフイルスペクタっぽいし。
“サビしかないっ”メロディーラインも耳に焼き付いて素敵です。

それでも...( ̄~ ̄;)
イギリスじゃ1位になったらしいこのデビューシングル。
シングルの歌い手が、早々に辞めちゃってる...
やっぱり、画像で見るかぎり、“王子様路線!”ってのが問題あったんじゃなかろうか?
YOUTUBEで動画が見られるんだが、例によって口パクとしても、このリードヴォーカルの歌声じゃないわけだよ...
元々はスタジオミュージシャンのユニット、演奏テクニックはあるんでしょうが、はっきり言って、動画で見るノレベッツ、時代性を考えても失笑です。
現在もご活躍中とのこと。
TOKI0の大先輩といったところですかね。

日本では、WINKがこの曲カヴァしてね。
こっちは僕にとってリアルタイム。
この曲のスィートな感じは、80年代のカキンコキンなシンセサウンドとは相性バッチリ。
屈強な男共でも演ってみたい誘惑はずっとあるんだが。

投稿者 Wataru : 23:50 | コメント (0)

2007年11月29日

If I`d Been The One

tour.jpg
「Tour デForce」38Special/1984

今日も頭の中はMYbest選曲中。
10曲っていうか、CD1枚でお願いします!
つっても選曲から洩れたのが「If I`d Been The One」
前作「スペシャルフォーセズ」路線をほぼ踏襲した感じのアルバムの1曲目。
前作でもアルバム1曲目の「Caught up in you」もいい曲です。
サザンロック魂はレナードスキナード譲りかもしらんが、「If I`d Been The One」も「Caught up in you」かなりPOPな感じがハードな男っぽさと絶妙なマッチングなんである。
しかし、しか~し、ZZTOPなんかが時代を反映して大胆にエレクトロニクスを導入したのとは全く対照的に、ギター!、ドラムーなロックバンド~~してるんである。

僕は思う。
120(+-10)くらいのテンポ、8ビート8分刻みは、自然に心をくすぐる何かがある。
また切ない曲は、短調ではなく、長調だったりする。
「If I`d Been The One」の疾走感、高揚感をかき立てるメロディーラインはそんな“くすぐり感”がいっぱいだ。
乾いたギターの音、空間を演出するサウンドエフェクト処理に、勝手に自分なりの南部のイメージを作り上げる。

この曲の疾走感はドライブにもグッドだ。
っていうか、「If I`d Been The One」は、スピードを感じながら聴いたときに最高なロックミュージックに違いない。
車に乗り込んでキーを回した瞬間に流れる曲としては1番だ。
アクセルを踏み出す気持ちを後押しする(笑)。
走り出せば、心から滲みだしたしずくも空中に吸い込まれていく。
メロディーライン&詩はballadとしてもグッドだ。
少し切なげなライン、特にサビの上向メロディーは、決してテクニカルではないセクションが極めて効果的に曲を盛り上げ、後を引かない“男”の潔さを素敵に演出する。
もう聴いてる僕も一緒にシャウトだ!
カッコいい!。゜(T^T)゜。
胸をはって、「お前の幸せを祈る! さよなら!」みたいな。

だが、だが、MYbestCDからは今のところ洩れた1曲。

投稿者 Wataru : 23:39 | コメント (0)

2007年11月28日

アフター・the・ゴールド・ラッシュ

AGR.jpg
『After ザ Gold Rush』/1970
ヤング25歳、ソロ名義の2作目。
お目にかかったことはないが、80年代以降のヤングのアルバムをベストとする方も当然いると思う。
しかし、ヤング後追いの僕はまだ初期のヤングにとどまっている。
そんな初期のヤングのベスト、あるいはヤングのマイフェイバリットとして『アフター・the・ゴールド・ラッシュ』を挙げる方は結構いると思う。

もうアルバムの内容以前にジャケットがいかしてる。
今となってはコンパクトなケースにペラペラの紙で収まってしまっているが、かるく角が剥げたレコードジャケットを眺めると感慨も一入だ。
ヤングの視線の先、歩みの先に漠然とした何かを想像せずにいられない。

聴こう!と思った瞬間の気持ちのセッティング状態によっては、もう1曲目『tell me why』から号泣。
全編に溢れるのは喪失感。(多分)

人は誰もが自分が思い通りにならないことへの葛藤を抱えるのだと思う。
その葛藤を、年を重ね、経験を増やして乗り越えていくものだと思う。
昇華させるのか、押さえ込むのか、忘れるのか、それは人それぞれ。
『アフター・the・ゴールド・ラッシュ』は決して癒しにはならない。
寂しくって寂しくって仕方ないのに明るく振舞ってみる。
お天気なのに雨、天を仰いで見る。
ヤングはただ吐露し続ける。
僕の塞がっている傷口までこじ開けようとする。

roomyな曲が続く中、8曲目の『BIRDS』のみスポットのあたるステージを感じさせるサウンド処理。
虚飾の無い、シンプルなピアノ伴奏に浮かび上がるのは、鳥のごときヤング。
♪it's all over~♪の詩に喪失感はここに極まる。

極まったあとに、名曲『when you dance you can really love』が続く。
個人的には前作「everybody knows~」に含めても良かったと思うサウンド、アレンジ。
レコード時代のクオリティを考えると悩みどころだが...。
あるいはA面1曲目とか。


投稿者 Wataru : 22:23 | コメント (0)

2007年11月27日

なぎさにて

beach.jpgオンザビーチ(1974)
ワクワクしながらマイベストの選曲をしてるその合間にも、今日もニールヤングなんである。
なんか不思議な感じなんだが、今、“聴かなければ!”みたいな焦りを感じてる。
そんな追い駆けてるヤングも、まだまだ僕より10歳以上若い...

後追い世代には永らく入手困難だったヤングのアルバム。
今はCDで簡単に手に入ります。
ザバンドのメンバーが参加してるってことで、やはり、リーダー持ってました。
って、参加してるのはリズム隊としてレヴォンとリックだけ。
しかも一緒に1曲と、レヴォンが他に1曲...

人生、1日でも山有り、谷有りなんであります。
登ったら降りるのが諸行の常ではないでしょうか?
ゴールドラッシュ、ハーヴェスト、映画製作と、アーチストとして走り続ける人生、走り続けてひと休みしたとき、ふっと懐かしいノスタルジーにかられる、オンザビーチはそんなアルバム。
何のために音楽してるのか?
29歳、30を目前にしたヤングの心持を思う。
自分も19歳、29歳、39歳と関係無い、意識すまいと思いつつ節目は深層から湧き上がる。
何事も長く続けるには哲学が必要になる。
あのパンク・ニューウェーヴムーブメントに関わったミュージシャンにおいてもそうだった。

さて『オンザビーチ』のサウンドは、全体が曇りがかったアコースティックな響き、リラックスしたトーンで統一されてるんだが、リックが参加してる3曲目のレヴォリューションブルース。
この曲がなあ、リックのベースだけが、唯一このアルバムの全体のトーンから逸脱してる。
ヤングの電動ドリルのようなエレキサウンドが無いだけに、かなり目立つ。

6曲目~タイトルナンバー・渚~、から最後アンビュランスブルースまでは特に秀逸なんだが、歌はヤングじゃなくていいんじゃないか?っていうくらい、僕にはときどきウィリーネルソンが歌ってるように聴こえる。

渚にいながら、同時に遠くに山が見える、そんなアルバム。

投稿者 Wataru : 07:21 | コメント (1)

2007年11月26日

Down by the River

ニール2.jpg
「Everybody Knows This Is Nowhere」1969

まだまだヤングがマイブーム中。
僕には個人的に“ROCK3大Riverソング”がある。
その一つが、このヤングの2枚目のソロアルバムにおさめられた『Down by the River』
およそ、アメリカンミュージックで歌われる川ってやつは、日本のそれとは違って、海とは言わないまでも、琵琶湖くらいのイメージなんじゃないか?と思っている。

しかしだ、この『Down by the River』で歌われる川は、僕には霧がかかる湿原の朝のイメージ。
数メートル先が見えない、葦が生い茂る、流れの淀む沼べり。

聴感のポップさとは裏腹に、歌われる世界観は全く暗い。
アルバム全体の内容が、ジャケットで薄笑いを浮かべるヤングには全く関わらず暗いのだが。
サウンドとしてはフォーキーさとハードロッキンな面、あるいは、明暗の対比を同時に併せ持つのは、ニールのアルバムに特徴的だが、その対比はニューヨークのVUとは違うところが興味深い。
どこもかしこも人間文明的、生きる人間の息遣いを感じさせてくれる。
切ないながらもホッとするのはそんなところが原因なのかもなぁ。

隙間風のようなヤング独特の歌声は、このアルバムの世界観を聴くものに鋭く突き刺すのに充分すぎる切なさがある。
『Down by the River』はFREEを彷彿とさせるような、骨組みむき出しのアレンジ、空間とバウンス。
しかし、それは、FREEの4枚目のような強固な緻密さを感じさせるわけではなく、激しく、延々と軋み続ける。
何かを組み立てるのか、それとも壊そうとしているのか、ヤングの固いギターソロは、淋しくて、またどうしようもなく不安だ。
暗喩なのか直喩なのか、さらに不安をかきたてる、ブルージーな暗く恐ろしい、僕には理解不能な詩の内容。
僕にとって唯一、♪Down by the River~♪のメロディーラインだけが、詩の内容を薄めさせてくれる“天使の梯子”となる。
この曲の中でわずかに救いを感じるのである。

サウンドにおいても激情をダイレクトに叩きつける9曲目の「カウガール~」とは対照的だ。

救いが無い、と言えば「ブレードランナー」
ディレクターズカット版だか、なんだかが、新宿で公開中だが公開予定だか。
ちょっと気になる。

投稿者 Wataru : 22:05 | コメント (0)

2007年11月24日

僕のお気に入り

自己主張は楽しいものである。
バンドしてるのもただ単にロックが好きという理由だけではなくて、第3者という対象があるからだと思う。
僕は無人島で暮らしたら、音楽は聴いても、ベースは弾かないような気がする。

さて、最近のECの反省会は、さらに前向きな様相が強いんであるが、この日も課題がでた。
“マイベスト”を作成しる!
個人的には、昔はバンド仲間でよくやってた。
僕自身も「この曲いいだろ!」な自己主張はワクワクしたし、相手からもらうテープに新しい発見をしたりして自分の見聞が広がるのが良かった。

マイベストCDと言えないのは、リーダーがMDだったり、戸堀がデータファイルだったりと、現代は多様なメディアが存在するということだったりする。
これがメンバーへの“クリスマスプレゼント”なのだっ。

投稿者 Wataru : 23:53 | コメント (0)

2007年11月21日

Broken arrow

BSF.jpgagain(1967)
インフルエンザの予防接種をした。
もうここ数年の年中行事となった。

先生はテレビで見るニュースで流れる接種の模様を見て、ダメだし。
接種はほぼ肩辺りに。
先生によるとそれより下だと神経を傷つけるという。
およそそういう接種をする先生が多いのだとか。

しかし、肩の下でも神経は通ってるだろうと心の中で突っ込み。
多分、お医者という専門性のなかで、“神経を傷つける”の前に省略されてる言葉があるのだと思う。

インフルエンザ予防接種の注射器は細く、針も意外に短い。
注射針が折れたら!なんて心配が無さそうなくらいトルク感がある。
刺された瞬間よりも、薬液が注入されるときの方が痛い、僕。
そして針を抜かれる瞬間の方が、注射針が折れたら!感がある。
誰でもそうだと思うが、押すより引くことのほうがまっすぐコントロールするのが難しい。

去年は赤く腫れて1週間くらい痒くて痒くて、ガマンするのがつらかった。
今年は今のところ、何事もない。

ここ数日、ニールヤングなんである。
戸堀によると、ECのための新曲デモが、ニールヤングのナントカって曲に似てるらしい。
曲名を覚えきれなったもんで、手持ちのヤングの音源を順番に聴いているのだ。
似てるの、今のところ無いョ。('_'、)
でも、いいな!
あらためて、「俺ってけっこうニールヤングを聴いたんだな...」と思った。
(初期の作品ね)

そんでもってバッファロースプリングフィールド、「again」、1曲目のミスターソウルからノリノリになった僕。
このソウルフルな疾走感に溢れた曲が、1967年、ウェストコーストで誕生していたことに今さらながら驚く。
もう40年も前だ。

投稿者 Wataru : 23:54 | コメント (2)

2007年11月19日

The Hand That Feeds

まったく、ときどき短気を起こす。
買ったばかりのクリップ式チューナー。
安かったんで手に入れたが、2日目でもう反応しなくなった。
精密機械ではあるものの、そんな落としたわけでもないのに!
思わず指で押さえつけて割れた液晶画面は、まるで血しぶきが浮き上がったようだ。
クリップと画面を引きちぎり、勢いよくダストボックスへ放り込んだ。
ざまあみろ!と思いながら、心の中は切なさが支配していく...
トホホ。

安物買いの銭失いとはこのことだ。
しかし、僕の人生、安物買いの銭失いは結構頻発するんである。

Amasonの安さには驚いている今日この頃、せめてメーカー品をAmasonで、と思っている。

投稿者 Wataru : 23:49 | コメント (0)

2007年11月17日

ブルース分かんないから

国立で、元ちゃんとガリーの弾き語りを聞いてきた。
元ちゃんのオリジナル、リズム優先でもなく、“語る”音楽だったところに意外性を感じて感動。
バンド志向してる元ちゃんしか知らなかったからね。
1曲ごとのMCもずっと堂々としてきた。
着実に前へ進んでるんだな。
音楽性は、荒れる日本海にたたずむハートブレイカーってなとこだ。

んでもってガリー。
1920年代~30年代あたりの、乾燥した埃っぽいブルースのイメージ。
そう大戦以前のブルースだ。
RJが目指したクロスロード。イメージ。
Hobo、Ramble、Wanderer、そんなECでの話題が思い出される。
ときどき外すリズムがこれまた、雰囲気ばっちりだ。
クラッシクギターの軽快な音もノスタルジーに溢れる。
('-')(,_,)これなんだ。
ギターにのせて、頼りないメロディーが語られる。
~ブルース、分かんないから♪
あぁ、でも僕にはとても新鮮だった。
今日初めてガリーの歌を聴いたのだ。

投稿者 Wataru : 23:33 | コメント (0)

2007年11月15日

Here I Go Again

Gomakarinntou.JPG
僕が今住む町は愛宕なんだが、僕の田舎にも愛宕がある。
調べてみると愛宕っていうのは「男」のことらしい。
全国にあるわけだ。
しかし、このゴマせんべい。
僕の田舎、愛宕あたりでしか売っていない。
不思議な固い食感。
田舎でしか手に入れられないとなると、すでに東京暮らしが長くなった自分にはとても貴重。
大して好みでもなかったその味は、もちろん懐かしい記憶も呼び覚まされるのだが、めちゃめちゃ美味しい!

投稿者 Wataru : 23:45 | コメント (1)

2007年11月14日

アクリル色の微笑

ゆき1.jpg斉藤ゆき・1986
 誰でもそのコレクションの中に、今となってはワゴンの中に3枚100円ぐらいで放り込まれてるようなCDを持ってると思う。
 また、同時に、そのCDは個人にとっては一生聴き続けるに値する、絶対に手放せないCDだったりもする。
 僕にとってこの斉藤の「ちゃいむ」はそんなCDだ。
 1986年、メタリカの3rd「ride~」発表と同じ年だったんだなぁ。
 ( ´ー`)フゥー...
 スラッシュなんて知る由も無かった僕は、ずいぶん「ちゃいむ」を聴いた。
 松田せい子のいくつかのアルバムと同様、アイドル物にしてはとてもクオリティが高いと思う。
 当時はまだレコードで、買い直したCDにはヒット曲「青空のかけら」ともう1曲の2曲が追加されてた。

 シングルヒットした「悲しみよこんにちわ」や「青空のかけら」をのぞけば、このアルバムはタイトル同様、澄んだ鐘の音のような余韻がたっぷりのトータリティを持っている。
 そんなことはできなかったと思うが、このシングル2曲さえオミットされていたら、全体の完成度は非常に高かったと思う。

収録曲「アクリル色の微笑」は崎谷健次郎氏の作品。
まさにアルバム「ちゃいむ」のイメージにぴったりのミディアムスローなナンバー。
崎谷氏のマッタリした歌声より、サイトーさんの硬質な響きがまさにアクリル。
崎谷氏も自分のアルバムの中で歌ってます。

なんで、アクリルって、こないだECでの反省会で、「においガラス」=「アクリルガラス」って話題になって。
アクリルガラスこすると匂いがするって話しは衝撃的だった。
アクリル色の微笑って曲が、20年経ってそんな匂いのイメージも付加されてるんだろうかと想像してみる。
もう僕の中では付加されてしまったのだが。

投稿者 Wataru : 23:26 | コメント (0)

2007年11月13日

Ride The Lightnin'

metallca.jpgメタリカ・1984
メタリカのファンは初期の3部作こそ正当とする方もおられる。
「ROAD」後の後追いファンとして申し訳ない限りだが、このたび通りすがりのYOU君が、景気づけに!と貸してくれた。
メタリカ1984年発表の二枚目。
しかし「ROAD」からも10年以上たってるとはなあ。

いやあ、ラーズ、すごいです。
それだけでもこのアルバム聴いて良かった。
3rdまでのベーシストのクリフは伝説化されてたりするらしいが、僕にとってのメタリカはラーズとジェームズなんである。
人間があっという間にマシーンに変わってしまうような錯覚。
正直、ライブに足を運びたいとは思わなくて、このスタジオ盤で剃刀のようなメタリカサウンドを聴けるだけで僕の音楽的充足感は満たされます。

僕が音楽を志したとき、およそ20年前、「メタル」を通過しなかった。
その頃の雰囲気は、いわゆるLAメタルが全盛を少し過ぎたくらい。
メタリカを初めて聴いたのもその頃だったと思う。

20年前上京して、東京はすごいところだと思った。
志向が60年代のロックが中心だった僕。
アルビン・リーが速弾きナンバー1だと思ってた僕。
そんな僕にとって、東京で知った“コア”な音楽は、パンクでもメタルでもノイズでも、およそ自分には踏み込むことのできない別世界、怖い世界だった。
音楽以前の問題の方が大きかったと思う...フキフキ A^^;

“スラッシュ”なるメタルもコアな音楽に違いなかった。
当時の友人の言葉を借りれば、最先端のメタル、そのとき行き着いたメタルの果てだったわけだ。
その果ての音楽、多分メタリカが僕にどう聴こえたかというと、洗濯機にこぶし大の石を入れて強引にガラガラ回しているような、乾燥した岩山で暮らす山男が奏でる暴力的な民族音楽に聴こえた。
それ以上でもそれ以下でもなく...
ただゴロゴロ、ヴォ~~って。
出陣の前の儀式か、相手を威嚇する土着的なパルス音か、そんな感じ。
今思えば、日本では馴染みが薄かったスラッシュという言葉だが、メタリカは3rdアルバム「メタルマスター」でアメリカでは頂点に君臨した頃。

メタリカを聴かされたその後10年以上、僕はスラッシュ、デスなるメタルには近づかなかった。
怖かった。

食べ物の好みも年々変わる僕。
でも食べ物と違うのは、音楽は愛すべき音楽、あるいは愛すべきジャンルが増えていくのだなぁということ。

投稿者 Wataru : 23:33 | コメント (3)

2007年11月12日

ANTICHRIST SVPERSTAR

ANTICHRIST SUPERSTAR.jpgM・マンソン/1996年
まぁ、際物&パフォーマンスのイメージが先行して、そのうちいなくなるだろう、ぐらいに思ってた。
まるで聴かず嫌いだったんだが、トレント・レズナーのプロデュースだったり、気にはなってた。
そんな中、通りすがりのYOU君に推薦してもらったのが、マンソンの2枚目で、僕自身のMマンソンデビュー作となった。

その前にユーチューブでPVを観たりしてたんだが。
うん、これは、NINだ。
すんなり聴けた。
トレントレズナー譲りか、結構メロディラインもいけてる。
デスメタルなイメージ持ってたんだけどね。
響きのあるいい声にはびっくりした。
実はAORな曲なんかで大成功する予感。
インダストリアルなサウンドの中にあっても、トレントレズナーに感じるような内向的な暗さを感じないところが大きな違いか。
1996年と言えば、あのNINのダウンワードスパイラルが出た翌年。
似通ってはいても、新しいNINサウンドを聴いてるようで楽しかった。

ここしばらく、何か新しいアルバムを聴こうとする意欲に欠けてたとこだったんだが、少し気分も復活。

投稿者 Wataru : 23:46 | コメント (0)

2007年11月11日

眠りの森のなか

tasogare.JPG
野良猫であればなおさらふっくらとしてくる11月。
それでも今日の雨は冷たいだろうに。

今日は犬の日らしいがお目にかかったのはネコ。
雨の中のネコは、僕が音楽活動をする動機となったイメージ。
人間、何がきっかけで前へ進むことになるかわからない。

音楽にしても色んな表現があっていいと思う。
絶対に。
それを望む側もあるし。
ここは自由の国、日本だ。

でも。
僕自身の音楽はある一線があると思う。
僕が今までやってきた音楽と人には、その一線があったと思う。
その一線、抽象的だが、汚れたくない、と思ってる。
汚れたくない、っていうのは表現として適当でないかもしれない。
良い言葉が見つからない。

今日は市民活動的なイベントで、急遽井形さんのバックで数曲をサポートした。
新曲2曲はたった2日で、しかも今日初めて会う方とのアンサンブル。

同時に他のバンドも見る機会に恵まれた。
僕には“演らない”音楽があるのだと感じた。
好き嫌いで演りたくない、のではなく、“演らない”音楽があるんだと。

降り止まぬ冷たい雨からベースを気にしながら歩く。
僕はもう、助走し、ジャンプし、着地した気分だ。

投稿者 Wataru : 23:35 | コメント (0)

2007年11月10日

なんてったってアイドル

僕にとってのアイドル全盛時代ってものは1982~1986あたりだと思う。
アイドルってものの中心が、おにゃんこくらぶに移り変わっていくまでの間。
実は当時はあまり興味が無かったが、甲斐ちえみ(涙)だけは好きだった。
興味はなくとも歌番組は多かったし、あの頃はバラエティ番組でも、合間に歌が挿入されてた。
さてコイズミの「なんてったてアイドル」は衝撃だった。
控えめな僕の日本人気質は、アイドルとしてもてはやされることが他者における場合は寛容であったと思う。
しかしこの曲は、自らが自らを“アイドル”と宣言してしまう。
曲のインパクトはアイドル全盛時代を象徴するものであり、今思うと、巨大なビジネスの作り上げた虚像だったアイドルが、このときに、自身の自我を確立したと決めつけてしまおう。

「なんてったてアイドル」はおにゃんこをしかける秋元の作詞であって、なんとなくうなずける図式ではある。

さて何度も言うように、80年代に青春を過ごした僕にとっては、松田せい子、中森あき菜、はスーパーアイドルであると同時に、その歌唱力も魅力なんである。
松田は違うが、中森、そしてコイズミも“スタ誕”出身なんである。
甲斐ちえみも。
あの頃のアイドルは歌唱力があったんだと思う。


松田 聖子(1962年3月10日 生 )
1978年 - 高校1年の時、『ミス・セブンティーンコンテスト』九州地区大会で優勝。
1979年 -ドラマ『おだいじに』に「松田聖子」役で出演。
1980年 - 4月1日に「裸足の季節」で歌手デビュー

中森 明菜(1965年7月13日生 )
「スター誕生!」出身。
1982年5月1日に「スローモーション」でデビュー

小泉 今日子(1966年2月4日生 )
「スター誕生!」出身。
1982年3月21日に「私の16才」でアイドル歌手としてデビュー。


中森もコイズミも歌手デビュー以前の芸能活動については不明。
まぁ、スタ誕以前にどこか事務所と契約しているとは考えにくいのだが。

投稿者 Wataru : 23:54 | コメント (0)

2007年11月09日

at the same time

gas.JPG
今日は119、消防の日とか何か記念日だろうか?
ガソリンスタンドは3重の安全基準を満たした構造になっているらしく、非常時には、首都圏においては支援センターの役割を担う。
しかし、ガソリンスタンドは次々と閉鎖されていく昨今。
そしてYOU君、元ちゃん、誕生日オメデト。
同じ日だったとはなぁ。
119...

投稿者 Wataru : 08:05 | コメント (2)

2007年11月08日

恋はあせらず

hasibirokou.JPG
“ハシビロコウ”発見。
EazyCompanyのイメージキャラクター。
駅の壁新聞
結構マイナーな鳥だと思ってたけど、少しずつ知名度が上がってきているのかも。
アフリカの鳥だと思ってたんだが、ドイツからきたとは。
名前はルタンガって、やっぱりアフリカっぽい。

上野動物園にいたとは!
いつかにらめっこしに行かねば!

EazyCompanyのネーミングはリーダー。
ECの飲みの席では、頻繁に兵器とか、軍艦とか戦闘機、戦車なんてのが話題にのぼるのだが、その頃バンド・オブ・ブラザース(第二次世界大戦時の米国陸軍第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第2大隊E中隊(通称:イージー・カンパニー)の訓練から対ドイツ軍戦勝利・終戦までを描いたテレビドラマ)のDVDがバンド内で回覧されてて。
(僕は、その名前から戦争映画だとは思いもよらず、無名のロックバンドの青春映画、サクセスストーリーじゃないかと思ってた。)

つまりは何となくE中隊から命名したわけです。
“イージー”ってところがバンドの気分をそのまま表してる感じと、“カンパニー”っていう日本でイメージされる雰囲気の堅さのマッチングが気に入った。
もともとダイナマイト・ウーロンてネーミングも前後の落差がチョーお気に入りなわけで。

それまでバンド名をつけようっていう積極的な話はあまり出なかったんだが、僕自身はバンド名をつけたほうが生活の中で整理しやすい(笑)ってのがずっとあった。
その頃の僕のバンド名構想に、①ご存知XTCのネーミングは“エクスタシー”からきてる、②デュシャンの有名な『L.H.O.O.Q.』は、フランス語で続けて読むと「彼女の尻は熱い (Elle a chaud au cul、エラショオキュー)」と同じ発音になるっていう2点があった。
そして同じ頃に読んだ時代小説から“抜刀”という言葉がひらめき、その響きに魅せられた僕は、即座に“X2”の当て字を思いついたのだった。

まぁ、ひらめいた瞬間は、ホームランを打ったような心境だったが、今思うと非常に作為的で恥ずかしい。

他のメンバーはどうか知らんが、僕の持ち物のあちこちにはRYUさんデザインのECロゴ&ハシビロコウが溢れてる。

投稿者 Wataru : 23:49 | コメント (0)

2007年11月07日

ドリームス

shouryoubat.JPG
桜の葉も落ち始め、しばらく隠れていた向こうの風景が見え始めた。
なぜか家の中に迷い込んできたショウリョウバッタ(多分)
外に出てみると、なるほど、まだ虫の音が聞こえる。
迷い込んだバッタは、さすがに動きが緩慢。
すでに夢うつつか、接写にも快く応じてくれた(笑)

shouryoubatt.JPG

「ドリームス」といえば、僕にはフリートウッドマックのアルバム「噂」に収録された曲をまず思い出す。
ほぼ2コードの繰り返しにひたすら透明感のあるサウンド。
シンプルなアレンジにスティービーニックスの、愛らしくも爬虫類っぽい声が、淡々と、しかし優雅にからむ。
抑制されたアコースティックギターの刻みは、遠い記憶のように頭から離れない。

最近は「ドリームス」といえばクランベリーズ。
CMなどでも耳にするんで、若い世代にはこっちの曲の方がポピュラーだろう。

EC『思い出の町から』(Ryuさんはいつも“凍てついた町”と表現)は、僕がECで初めてリーダーの詩に曲をつけた曲。
着手は2005年の10月か11月だったと思う。
実は意外にあっさりとメロディーは完成した。
このときは、まさに、“メロディーの神”降臨だった(笑)

アレンジは少しバウンスするノリを狙ったが、大きくは弾き語りをベースにしたようなイメージで、バンドに持っていけば何とかなるさぐらいの感じ。
ECでもリハ開始時は、いきなりのギターに各々メンバーが適当に音を重ねていく、リーダーお好みのスタイルだった。

イントロには当初、Aメロを使用していたが、この部分にお得意のカウンターラインを使用した(またかよ凸(▼へ▼メ))
少し緊張感を持たせるために、Dキーの曲だったがB♭を挿入した。
このイントロが某何とかの曲と同じだってことで、いきなりのギターは、リーダーがアルペジオで主導した。
そして当初のバウンスの目論見は、早い時期に挫折する。
悪くないとも思ったのだが、どうも垂れ流しになる。
多少の緻密なアレンジ、つまりは各パートに対するリクエストが面倒っだったいうのもある(自爆)

何度か自由に演奏したリハ音源を聴いたときに、イントロは曲のサビを使う方が良いように思えた。
結成1年間近の若々しさに溢れていたヾ(´▽`*;)ゝ 

『思い出の町から』は同じパターンの<Aメロ→Bメロ→サビ>が3回続く。
大きな構成は、王道でかまわないから、後半に向けて盛り上げていくパターンでいこうと決めた。
それにはアルペジオ始まりも捨てがたかったのだが、どうも弱い感じがして、リーダーには申し訳なかったが、カウント始まりとした。
盛り上げていくための、単純にだんだん楽器を重ねていく、あるいは音数を増やす、などの作業を、各パートに委ねようと思った。

このときにひらめいたのが、クランベリーズの「ドリームス」だった。
何はなくとも、ベース&ドラムが流れているだけで進行する曲に仕上げてみたかった。
リハ音源で聴くギター2台の分散和音の加減は、やがて整理されたときには、極細に散りばめられた装飾品のようになりそうな気がした。

僕自身は何度かリハを重ねて、『思い出の町から』のベースは基本8分刻みでいこうと決めた。
そこで、盛り上げ方法のクリエイティブな作業は各パートに委ねるにしても、ドラマーだけには、僕のベースを聴いて判断してもらうだけではなく、具体的な曲のイメージを具体的な曲を例示して伝えておきたかった。

※フリートウッドマックも戸堀が先輩だが、クランベリーズも戸堀から教えてもらった。
クランベリーズを教えてもらったときには、クラウドベリージャムも一緒に教えてもらった。

...だが、僕のイメージはドラマーには、ぼんやりとして焦点が定まらなかったらしい。
そうこうしているうちに運命の2006年1月28日。
アビースタジオで『思い出の町から』をライブ録音することになる。
これが、またいい出来だったのだ。
この頃、同時に練習中だった「1000フィートの空から」「D-Lan」なども録音したことを思えば、かなりのスピードで曲が形作られていたことになる。
『思い出の町から』は何も考えてなかったのが幸いしてか、戸堀のドラムはところどころ玄人っぽくて嫌味にも聞こえる(;^_^A アセアセ
リーダーのヴォーカルがかなり切ない...
貴重なくらい切ない...
少なくとも僕にとっての『思い出の町から』はこのときの録音が基礎になった。
CDにも収録されてるが、RYUさんがメンバー配布用に荒くミックスしたバージョンが存在していて、実はこれが僕のお気に入りになっている。

その後、このメロディーラインの甘ったるさが気になった僕は、1番と2番の間にブリッジを8小節入れることにする。
これが現在の形。
ECの曲の大半はギターソロ~~~っていう部分が少ない。
『思い出の町から』も例外ではなく、怒涛のように1番から3番まで歌いきって終わり!で、ギターソロらしきものは、イントロやつなぎの間隙を突いて聞こえてくる。
それが理由だったわけではないのだが、この間奏は大成功だった。
(個人的には)
この間奏のRYUさんのギターの“硬さ”は劇的にシマリを魅せた。
メロディーラインの甘ったるさを対極に押しやってくれる。
間奏をいれたいおかげで少し曲時間も長くなった(笑)
残念ながらCDには収録されていない。

投稿者 Wataru : 00:02 | コメント (1)

2007年11月06日

Love Is Not Enough

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急な寒さをまだ納得できない僕は、ひとり考え込む。
いやあ、誰がなんと言おうと、小沢さんがますます好きになった。
少しまた、自転車に乗って見ることにした。
置いてけぼりにしていた風景に気づいてあげようと思った。

シェード越しの薄い光は、考えをまとめるのには最適だ。
明りもいろいろあるが、勉強するための明りと、考えるための明りはまったく別のものようだ。
あぁ、俺にはバンドが必要なんだと思う。
リハビリしてるのは僕もなんら変わりが無い。
さぁ、もうすぐ復活しようと思う。

投稿者 Wataru : 18:25 | コメント (0)